東京地方裁判所 平成9年(ワ)2417号 判決 1999年9月17日
主文
一 被告は、原告に対し、金二億八六〇五万八一〇〇円及びこれに対する平成九年二月一五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
五 被告が金一億円の担保を立てたときは、右仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第一 請求
被告は、原告に対し、九億五三五二万七〇〇〇円及びこれに対する平成九年二月一五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、多摩ニュータウンに出店した百貨店「柚木そごう」の経営主体であった原告が、出店の際に同百貨店の後方支援施設用地として被告から土地を買戻しの特約付きで買い受けていたところ、その後原告が同百貨店を閉店したため、右土地が被告によって買い戻されたものの、土地売買代金額の二〇パーセント相当額については約定による違約金と相殺されたとして被告が返還しなかったことから、原告が被告に対し、右違約金相当額の売買代金の返還とこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実等
1 被告は、昭和六三年七月、自ら五一・二パーセントを出資し、大手銀行等の民間企業にも共同出資させて、第三セクターである株式会社多摩ニュータウン開発センター(以下「開発センター」という。)を設立した。開発センターは、多摩ニュータウン西部地区センター等における商業、業務施設等を被告のニュータウン事業に整合させて計画的かつ段階的に建設し、施設の経営又は管理を行うこと等を目的とするものであり、平成七年五月二日まで被告の多摩都市整備本部長が開発センターの代表取締役社長を兼務していた。(争いがない。)
2 開発センターは、八王子市南大沢二丁目二八番地一に「ガレリア・ユギ」の名称の地下二階、地上六階、塔屋一階、延床面積四万二〇〇〇平方メートルの建物を建設して、民間企業に賃貸することになった。(<証拠略>)
3 そごうグループは、開発センターの右開発計画を受け、「ガレリア・ユギ」への出店を決定し、昭和六三年九月一九日、開発センターに出店を申し込み、同年一一月九日、開発センターから出店決定の通知を受領した。そして、そごうグループの出資により、平成二年九月、原告が設立され、原告が開発センターから「ガレリア・ユギ」の一部を賃借して百貨店営業を行うことになった。(<証拠略>)
4 また、原告は、右出店を前提として、店舗の後方支援施設用地として、被告から、都工区番号一-五-二-一-一、八王子市南大沢二丁目一六二六番地ほかの土地(以下「本件土地」という。)を、一平方メートル当たり九五万円で買い受けることになり、平成三年三月一三日、原告と被告との間で土地譲渡契約書(乙第五号証)が取り交わされた(以下、この契約を「本件土地譲渡契約」という。)。本件土地は、その後の被告の測量により面積が五〇一八・五六平方メートルと確定され、譲渡代金額も四七億六七六三万二〇〇〇円と確定された。そこで、原告は、被告に対し、同年三月に四一億〇四〇〇万円を、平成四年一月に六億六三六三万二〇〇〇円をそれぞれ支払い、被告から本件土地の引渡及び所有権保存登記を受けた。(争いがない。なお、登記時点での本件土地の表示は「八王子市南大沢二丁目四番宅地五〇一八・五六平方メートル」である。甲第一号証)
5 原告は、平成四年六月七日、開発センターとの間で賃貸期間を開店日より二〇年とする本件店舗の賃貸借契約を締結し、同日、百貨店「柚木そごう」(以下「本件店舗」という。)を開店した。(甲第三八号証、弁論の全趣旨)
6 本件土地譲渡契約には買戻しの規定(一六条)があり、同条一項において「被告は、原告が次の各号の一に該当すると認めるときは、工事完了公告の日の翌日から起算して一〇年を経過する日までの間に本件土地を買い戻すことができる。」とされ、同項一号に「第六条に定める用途の指定に違反したとき(自らの都合による店舗施設の運営停止等第六条の趣旨に反する事態が生じた場合を含む。)」、二号に「第七条第一項から第三項までの規定に違反したとき。」と規定されている。そして、六条には、原告が本件土地を開発センターから借り受けて運営する店舗施設の後方支援施設の用地として使用しなければならないことを定める条項が、七条には、原告の右後方支援施設の建築義務等を定める条項がそれぞれ存在する。また、本件土地譲渡契約の一八条には、「原告は、第一六条第一項の規定により被告が本件土地を買い戻したときは、前条の使用料相当額のほかに被告に対し、本件土地の譲渡代金の額の二〇パーセントに相当する額(この額に一〇〇〇円未満の端数が生じたときは、一〇〇〇円に切り上げる。)を違約金として、被告の定めるところにより、被告に支払わなければならない。」旨の規定(以下「本件違約金規定」という。)がある。(争いがない。)
7 原告は、平成五年八月ころには、将来の収益の見込みがない等の理由により、本件店舗の営業を廃止して撤退する方針を出した。その後、原告と被告及び開発センターとの間で協議が重ねられ、原告が開拓した後継テナントの出店が決定するなどの経過を経て、原告は、平成六年一〇月三日、本件店舗を閉鎖し、同年一二月三日、後継テナントによる新規開店がされた。(甲第三八号証)
8 被告は、平成八年六月一四日、原告に対し、本件土地譲渡契約一六条一項一号及び二号に基づき本件土地を買い戻す旨の意思表示をし、併せて買戻しによる代金の返還金額は、本件土地の譲渡代金七億六七六三万二〇〇〇円から使用料相当額四七億六五九九万九五四二円及び違約金九億五三五二万七〇〇〇円を相殺した残額の三〇億四八一〇万五四五八円である旨を通知した。(乙第一〇号証)
9 本件土地は、右同日付けで被告に対して買戻しを原因とする所有権移転登記がされ、同年六月二六日、被告から原告に対して売買代金の返還として三〇億四八一〇万五四五八円が支払われた。(争いがない。)
二 争点
1 本件土地譲渡契約一六条一項一号又は二号の定める買戻しの事由の存否等
(被告の主張)
(一) 原告が本件店舗を閉鎖したのは、本件土地譲渡契約一六条一項一号に規定する「自らの都合による店舗施設の運営停止」に該当する。
原告は、本件店舗が閉鎖したのは、南大沢周辺の人口の推移、被告の人口計画の修正及びバブル経済の崩壊による深刻な消費不況という社会経済的な事情変更によるものであり、撤退するに当たって被告らと十分協議を重ねてきたこと等をもって、「自らの都合による」ものではないと主張するが、人口の推移や社会経済的事情を予測し、それに応じた運営に当たるのが経営であり、本件店舗の閉鎖はまさに原告自らの経営判断に帰するものであって、原告自らの都合による選択以外の何ものでもないというべきである。そもそも売上の増減は、商品の品揃えや価格、広告による顧客の消費意欲の喚起等、経営努力に負うところが大きく、周辺人口の推移のみが売上の増減に直ちに影響を与えるとはいえないし、原告が本件店舗を出店するに当たっては、人口の伸びが当初の計画を下回っていることや南大沢周辺の業務施設計画の変動等の多摩ニュータウン事業の進捗状況を十分把握していた。また、原告が撤退に際して被告と協議を重ねたのは、本件店舗の閉鎖が及ぼす影響に鑑みて、契約当事者としての信義則に基づいた責務を果たしたにすぎず、これをもって本件店舗の閉鎖が自らの都合によるものでないとは到底いえない。
(二) 原告は、本件土地譲渡契約六条、七条一項及び二項により、遅くとも本件土地の所有権移転の翌日から起算して三年以内に百貨店店舗施設の円滑な運営のために必要な配送センター等の後方支援施設を建築し、自ら使用しなければならないとされているにかかわらず、本件土地を取得後、その一隅に軽量鉄骨造二階建、延床面積四六九・二八平方メートルの配送センター等を建築したのみで、後方支援施設の名に値する建物を建築しないままであった。原告の右行為は、本件土地譲渡契約一六条一項一号の「第六条に定める用途の指定に違反したとき」に該当するとともに、七条一項及び二項の規定に違反したものとして一六条一項二号の買戻し事由にも該当する。
(三) 右のとおり、原告には本件土地譲渡契約一六条一項一号又は二号の定める買戻しの事由があるから、本件違約金規定に基づく違約金の支払義務がある。
(原告の主張)
(一) 本件店舗の閉鎖は、本件土地譲渡契約一六条一項一号の「自らの都合による店舗施設の運営停止等」に該当しない。すなわち、多摩ニュータウン計画における本件店舗周辺の人口は被告の計画どおり伸びず、現実の居住人口は当初計画を大幅に下回っており、被告自ら南大沢周辺の人口計画を大幅に修正せざるを得なかった。また、被告が中心となって行うべき南大沢の西部地区センターの業務施設計画自体も、原告の出店が決定した後に大幅な見直しがされ、平成四年四月に着工延期となり、平成八年六月に中止が決定された。さらに、原告の出店が決定した後にバブル経済の崩壊による深刻な消費不況が生じ、周辺人口の伸び悩みとあいまって、本件店舗の売上高は当初の計画の半分になり、累積損が拡大した。そこで、原告は、本件店舗を閉鎖する方針を決定し、閉鎖の約一年前から被告及び開発センターとの協議を重ねた上、後継テナント開拓についても原告が全面的に協力した。原告は、被告の人口計画等を信頼して出店を決意したのであるから、被告の側にも原告の店舗閉鎖についての責任があるというべきである。これらの事情からすると、原告の本件店舗の閉鎖が「自らの都合による」ものとはいえない。
(二) 仮に、本件店舗の閉鎖が形式的には「自らの都合による店舗施設の運営停止」に当たるとしても、原告に本件違約金規定による違約金支払義務が生じるためには、違約金の法律的性質からして本件店舗の閉鎖が原告の責に帰すべき事由によることが必要と解される。また、本件土地譲渡契約における買戻し条項は、新住宅市街地開発法(以下「新住法」という。)三三条に基づくものであるが、新住法には同法により造成された宅地の譲渡について買戻権の規定はあるものの、違約金については特に規定していない。そして、買戻しについても、「民法五七九条の定めるところに従い買戻しの特約を付ける」とされており(同条一項)、民法では原則として不動産の果実である使用料相当額と代金の利息は相殺したものとみなすこととされている。ところが、本件土地譲渡契約では、買戻しの際に代金の利息は返還しないものとされているにもかかわらず、月額を譲渡代金の一〇〇〇分の五(本件土地では月額二三八三万八一六〇円)という極めて高額の使用料相当額を取得することができるものとされており、使用料相当額を取得できること自体が、民法及び新住法の規定からすれば、買主に特別の負担を負わせるものである。これらのことからすると、買戻しに当たって被告が違約金を取得するためには、単に原告の責に帰すべき事由があるだけでなく、被告の行為が新住法の趣旨に反し、社会通念上も非難に値するような態様のものであることが必要と解すべきである。しかし、前記の本件店舗の閉鎖に至る経緯からすれば、本件店舗の閉鎖は、原告の営業努力のみによっては克服できない外的な要因によるものであり、これを原告の責に帰すべき債務不履行とはいえないし、原告は、本件土地を無断で転売したり、用途の指定に違反して使用したものではなく、店舗の運営継続が不可能になった時点ですみやかに被告に本件土地の返還を申し出ているのであるから、原告の行為が新住法の趣旨に反し、社会通念上非難に値するものともいえない。したがって、本件店舗の閉鎖について本件違約金規定の適用はない。
(三) 原告は、平成四年二月、本件土地上に約一億円の費用をかけて建築確認済みの建物を建築し、同年三月より本件店舗の後方支援施設として使用を開始し、平成六年一〇月に本件店舗を閉鎖するまで、本件土地譲渡契約に定める用途の指定の趣旨に従って自ら使用していた。被告は、右建物が後方支援施設に値しないと主張するが、原告は右建物を配送品取扱所、什器備品倉庫、配送・物流業務のための事務所、会議室・集合教育室、納入車・配送車等の一時駐車場として、専ら本件店舗の後方支援施設として使用していたのであり、本件譲渡契約には建物の規模については特段の規定がないから、被告の契約違反の主張は当たらない。なお、原告も当初は本件土地上に大型の後方支援施設の建築を計画していたが、本件土地譲渡契約において平成三年九月末とされていた本件土地の完全な引渡が被告側の都合により大幅に遅れ、結局平成四年一月末となったため、同年六月に営業開始を予定していた原告としては、本件土地上に一刻も早く開店準備室を含む後方支援施設を建築する必要があった。そこで、原告はとりあえず簡易な後方支援施設を建築することとし、被告の多摩都市整備本部長らの了解を得た上で本件土地の引渡後直ちに前記建物を建築したものである。しかし、その後、前記の事情で本件店舗を閉鎖せざるを得ない事態になり、被告が本件土地を買い戻すことを前提とした話し合いが開始されたことから、大型の後方支援施設建築の計画は凍結されるに至った。原告と被告との間の撤退に関する話し合いの過程でも、被告が建築義務違反を問題にしたことはなかった。このような経緯に鑑みると、原告が大型の後方支援施設を建築しなかったことが、本件土地譲渡契約に定める建築義務に違反し、一方的な買戻しや違約金支払の事由になるとはいえない。
2 本件土地譲渡契約における買戻し及び本件違約金規定の効力
(原告の主張)
本件土地譲渡契約一六条一項一号の「自らの都合による店舗施設の運営停止」を買戻しの事由として定めた部分は、新住法三三条二項の制限に違反して被告の買戻権を認めるものであるから無効である。
また、本件違約金規定が前記したようなやむを得ない事由による店舗閉鎖に伴う買戻しの場合にも、高額な土地使用料相当額(原告が相殺により支払った七億六五九九万九五四二円の土地使用料相当額は譲渡代金の約一六パーセントに当たる。)のほかに譲渡代金の二〇パーセントもの違約金を支払うべきことを規定しているとすれば、それは原告に対して著しく過大な負担を強いるものであり、本件違約金規定は公序良俗に違反し、無効である。
(被告の主張)
本件土地譲渡契約一六条一項一号の「自らの都合による店舗施設の運営停止」を買戻しの事由として定めた部分は、本件譲渡契約六条の用途指定の違反に関して疑義が生じる場合を想定し、店舗自体の閉鎖など本件土地譲渡契約の目的を達成できない事態が確定的に生じた場合には、新住法の趣旨に則り、用途指定の違反に準じて買戻権行使を認める注意規定としての意義を有するから、新住法三三条二項の規定する買戻し事由の趣旨を逸脱するものではない。
また、本件違約金規定による違約金は、周辺地域の同種契約に照らしても、著しく過大とはいえず、原告主張の本件店舗の閉鎖に至る経緯は単なる事情にすぎず、使用料相当額の支払は本件土地の使用収益の対価として原告が負担するのは当然であるから、本件違約金規定が公序良俗に違反するとはいえない。
3 信義則による違約金の減免
(原告の主張)
次の諸事情に照らし、被告が原告に対し、本件違約金規定に基づき約定の違約金全額を請求できるとすることは、原告と被告との間の衡平を著しく損なうものであるから、信義則により、違約金は減免されるべきである。
(一) 新住法は、健全な住宅市街地の開発等の名の下に、宅地の譲受人等に対し不当な負担を課することを厳しく制限しており(同法三二条三項後段、三三条二項等)、買戻しの場合の不動産の果実の取扱は民法の原則によるものとし、違約金に関する規定も置かれていない。しかし、本件土地譲渡契約では、買戻しに当たって、極めて高額な使用料相当額の支払の上に、さらに高額な違約金を課するものである。
(二) 本件違約金規定は、原告の違約金支払を定めるだけで、売主である被告の違約については一切違約金の支払義務を課さない片面的なものである。
(三) 本件土地譲渡契約の条項は被告が作成したものであり、力関係からして原告にはその修正を申し入れることはできない状況にあった。
(四) 原告の出店及び本件土地譲渡契約の締結には、被告の人口計画及び被告の責任において実現されるべき業務施設計画が予定どおり実現されることが前提となっていたが、被告においてこの人口計画及び業務施設計画を当初の計画どおり実現できていないのであり、このことが原告の営業の継続に重大な影響を与えた。
(五) 原告の出店が決定した後にバブル経済の崩壊による深刻な消費不況が生じ、右の周辺人口の伸び悩み、業務施設計画の見直しとあいまって原告の営業の継続を不可能にしたのであり、原告の店舗閉鎖はやむを得ないものであった。
(六) 原告は、本件店舗の運営継続が不可能になった時点ですみやかに被告に本件土地の返還を申し出て、開発センター等と協議を重ね、相当な費用と時間をかけて後継テナントの開拓にも全面的に協力した上で店舗を閉鎖した。
(七) 原告と被告との間では、平成五年二月以降、本件土地の返還について協議が重ねられ、違約金支払の点を除いては事実上の合意が成立していた。その意味で、被告の本件土地譲渡契約に基づく買戻しは、本件土地を返還するための手段としてされたものにすぎない。
(被告の主張)
原告の出店決定から店舗閉鎖に至る経緯は、本件違約金規定の効力に影響を及ぼすものではないし、本件違約金規定は、新住法の目的に沿い、当事者間の合意に基づいて設けられたものであるから、原告の主張するような事情を理由として信義則による減免をしなければならない必然性はない。なお、新住法三三条一項は、当事者が別段の意思表示をしたときは民法五七九条ただし書が適用されないことを当然予想した規定であり、新住法に基づく土地の譲渡も最終的には当事者間の合意を前提としていることなどからすると、新住法に違約金規定がないからといって、本件違約金規定が契約当事者の衡平を著しく損ない、新住法の趣旨目的に抵触するものということはできない。
第三 争点に対する判断
一 本件土地の買戻しに至る経緯等
<証拠略>によれば、次の事実を認めることができる。
1 多摩ニュータウン事業は、東京における住宅難の緩和と多摩丘陵の乱開発防止のため、住宅の大量供給と良好な市街地の整備等を主な目的として昭和四〇年一二月に計画決定された事業である。開発センターは、多摩ニュータウン事業において、被告が施行する西部地区の中心部に当たる京王相模原線南大沢駅周辺の西部地区センターに、商業、業務、文化施設等を事業と整合性を図りながら建設し、その経営又は管理を行っていくことを主要な目的として、昭和六三年七月一五日に設立された。
2 当時、多摩ニュータウンの西部地区の開発を企図していたそごうグループは、株式会社八王子そごう(以下「八王子そごう」という。)の役員らを通じて、開発センター設立直後のころから開発センターとの折衝を開始し、南大沢駅周辺における業務施設開発計画や住宅開発計画等の説明を受けるなどした後、西部地区センターへの出店を決定し、昭和六三年九月一九日、開発センターに対し出店申込書(甲第二一号証)を提出し、同年一一月九日、開発センターから出店決定の通知を得た。その後、平成二年九月二八日、本件店舗の経営主体として原告が設立され、以後の出店準備は原告によって行われた。
3 原告は、平成三年三月一三日、被告との間で本件土地譲渡契約を締結し、本件店舗の後方支援施設用地として本件土地を買戻特約付きで買い受けた。本件土地譲渡契約では、所有権は売買と同時に原告に移転するものとされたが、当時、本件土地の一部に被告の事務所施設等が存在していたため、当該部分(土地全体の三割程度)の引渡が遅れ、原告が本件土地全体の引渡を受けたのは平成四年一月末日であった。原告は、本件店舗の開店予定時期が迫っていたため、本件土地にとりあえず簡易な後方支援施設を建築することとし、被告の了承を得た上で、平成四年二月末までに軽量鉄骨プレハブ造二階建、延床面積四六九・二八平方メートルの建物を建築した。そして、本件店舗は、平成四年六月七日、「ガレリア・ユギ」内に大手スーパーの忠実屋と共に開店した。
4 ところで、そごうグループが西部地区センターへの出店を決定した昭和六三年当時、開発センターがそごう側に交付した資料(甲第六号証)によれば、多摩ニュータウン全体の計画居住人口は平成八年に二九万八九〇〇人とされ、そのうち本件店舗のある南大沢周辺地域(東京都施行区域街区番号一四、一五、一六、二〇、二一、住宅都市整備公団施行区域街区番号一三及び区画整理区域のうち柚木地区を指す。以下同じ。)の計画居住人口は平成八年に八万四三〇〇人とされていた。しかし、実際の居住人口の増加は右計画をはるかに下回り、南大沢周辺地域における実際の居住人口は、本件店舗が開店した平成四年において計画居住人口の約八〇パーセント、平成五年から平成七年まではいずれも計画居住人口の約六五パーセント、平成八年においては計画居住人口の約五〇パーセント(約四万二〇〇〇人)と年度を負って乖離が著しくなっていた(甲第一一号証)。また、多摩ニュータウン全体の居住人口も、平成八年七月の新聞報道(甲第一三号証)によれば、当時の計画人口約三〇万人に対し実際の居住人口は約一七万四〇〇〇人にすぎなかった(なお、多摩ニュータウンの人口計画は、平成二年七月に、昭和六三年当時の計画人口の達成年度をほぼ二年先にする修正がされているが、右修正された計画によっても、実際の居住人口が計画をはるかに下回るものであったことに変わりはない。)。
5 また、開発センターの昭和六三年当時の事業計画(甲第一八号証)によれば、第一期として昭和六三年度から平成二年度に床面積二万六八五〇平方メートルの商業ビルを、第二期として平成三年度から平成四年度に床面積二万〇一〇〇平方メートルの広域対応商業ビル及び床面積一万六八〇〇平方メートルの駐車・駐輪ビルを、第三期として平成五年度から平成八年度に床面積一万四四〇〇平方メートルの商業ビル、床面積七〇〇〇平方メートルの事務所ビル及び床面積一万三〇〇〇平方メートルの多目的文化施設をそれぞれ建設するほか、大学病院等の誘致が予定され、これについても、そごう側に資料を交付して説明していた。ところが、開発センターは、本件店舗の開店直前である平成四年四月に、経済情勢の変化等から右計画を大幅に見直し、第二期に予定していた業務ビル二棟の建設着工を延期し、第三期の建物建設についても被告と共同で用途や規模等を見直すことを公表した。その後、第二期以降の建物建設計画の大部分は凍結され、平成七年七月時点で、開発センターが建設を計画した業務ビル等のうち、完成したのは本件店舗が入店した「ガレリア・ユギ」と、業務商業施設「パオレ」(床面積約二万四〇〇〇平方メートル)のみであり、その他の建設予定地は更地のまま放置されている状況にあった。
6 原告は、出店決定後の南大沢周辺地域の人口計画の見直しや店舗開店直前の業務施設建設計画の見直しがあったことから、本件店舗の開店直後である平成四年六月一五日、開発センターに対し、「南大沢街づくり促進のお願い」と題する文書(甲第二三号証)により、住宅建設計画の促進、業務ビル建設の促進及び周辺駐車場の早急な整備を陳情した(原告と同時期に「ガレリア・ユギ」に出店した忠実屋も、右と同趣旨の陳情を被告多摩都市整備本部長宛に行っている。)。しかし、南大沢周辺地域の前記のような人口の伸び悩みや業務施設建設計画の凍結に加え、バブル経済の崩壊による消費不況があいまって、本件店舗の営業は当初から不振であり、平成四年度の予測売上六〇億円に対して実売上は約三四億円にとどまり、約二六億円の経常損失を出し、平成五年度も予測売上九六億円に対して実売上は半分以下の約三九億円で、約三五億円の経常損失を出す状態であった。
7 右のとおり、開店後の本件店舗の売上が不振であったことから、原告は、平成五年二月ころから、被告多摩都市整備本部に赴いて経営状況を説明するとともに、本件土地の買戻し又は用途変更について相談するようになった。さらに、同年八月ころには、原告の融資先金融機関から店舗閉鎖の示唆を受け、売上高の減少から商品仕入先からも取引辞退の申し入れが続出するなどし、そごうグループとしても膨大な赤字を抱えた原告を支えきれない状態になったため、原告は本件店舗を閉鎖して撤退する方針を決定し、同年九月から被告及び開発センターに右方針を伝えるようになった。その後、同年九月末から一一月半ばにかけて、原告、被告、開発センター及び忠実屋の四者による協議会が開催され、その中で原告及び忠実屋の両社とも苦しい経営状況にあることが説明され、「ガレリア・ユギ」からの全面撤退、一部撤退及び契約条件の変更による継続を原告と忠実屋とを分けて検討することになった。同年一一月一七日、原告、被告及び開発センターによる第一回目の三者協議会が開催されたが、その席で原告から正式に早期全面撤退の意向が表明された。そして、平成六年一月二六日に開催された三者協議会で、被告から原告の撤退を前提とした話し合いを行う旨の提案がされ、以後、同年八月までの間、三者協議会で撤退の条件等が協議された。また、この間の同年四月の三者協議会で、同協議会を一時中断して後継テナントの開拓のための会合を持つことが決定され、同年四月から八月までの間に五回にわたり、右三者によるテナント開拓会議が開催された。同会議を通じて原告は後継テナントの開拓に務めた結果、原告の開拓した後継テナントの出店がほぼ決定された。
8 原告は、平成六年一〇月三日、本件店舗を閉鎖し、本件土地譲渡契約の約定に基づき右店舗閉鎖を被告に文書で通知した。その後、本件土地の返還に関し、原告と被告との間で交渉が行われ、平成七年一月には、原告から被告に対し、内容証明郵便により、本件土地の返還を本件土地譲渡契約の合意解約の形式にし、使用料の算定期間及び月額使用料の算定率の軽減等をすることを申し入れた。しかし、被告は、本件土地譲渡契約に基づく買戻しによる本件土地の返還と違約金及び使用料相当額の支払の線を譲らなかったため、結局、原告も買戻しの形式による本件土地の返還に応じることになり、買戻通知の受領書(乙第一二号証)に「但し、契約第一八条の規定に基づく違約金につきましては異議あることを申し添えます。」と付記した上、支払済みの売買代金から使用料相当額及び違約金を控除した残金を受領し、本件土地の移転登記手続等の買戻しの手続が行われた。なお、本件土地譲渡契約では、買戻しの場合の使用料相当額は「この契約を締結した日の属する月からこの契約の買戻しにより被告が本件土地の引渡を受けた日の属する月までの使用料相当額」とされている(第一七条一項)が、被告が右買戻しに当たって控除した使用料相当額算定の基礎となる使用期間は、本件土地全体が原告に引き渡された日の翌日である平成四年二月一日から、原告が本件店舗の閉鎖を通知した平成六年一〇月四日までとされており、契約上の文言を形式的に適用しないという意味で実質的な軽減が図られていた。
9 原告と同時期に「ガレリア・ユギ」に出店した忠実屋の営業を引き継いだダイエーも、原告が本件店舗を閉鎖した翌年である平成七年二月に店舗を閉鎖して撤退した。
二 本件土地譲渡契約一六条一項一号又は二号の定める買戻しの事由の存否等について
1 前記認定の事実によれば、原告が本件店舗を閉鎖したのは、多摩ニュータウン、特に本件店舗が存在する南大沢周辺地域の居住人口が当初計画を大幅に下回り、西部地区センターにおける業務施設等の建設も計画どおり行われなかったことに、バブル経済の崩壊による深刻な消費不況が重なり、開店当初から膨大な欠損が累積し、営業を継続することが困難になったことによるものと認められる。
ところで、本件土地譲渡契約一六条一項一号の規定する「自らの都合による店舗施設の運営停止」とは、結局は原告の責に帰すべき事由によって店舗施設の運営を停止することをいうものと解されるが、南大沢周辺地区の計画居住人口や西部地区センターにおける業務施設等の建設計画は、あくまでもその時点における見込みであって、それが実際に達成されるかどうかは不確実なものであり、バブル経済の崩壊も全く予測不可能な経済情勢の変化とはいえないことを考慮すると、右に述べた原告の本件店舗を閉鎖するに至る要因について、原告の社会経済情勢等の見通しを含む経営判断の誤りがなかったとはいえない。また、原告は、南大沢周辺地域の計画居住人口や業務施設計画等について被告が関与していることから、本件店舗閉鎖については被告にも責任があること及び本件店舗を閉鎖するに当たり、原告が被告及び開発センターと協議を重ね、後継テナントの開拓についても全面的に協力した旨主張するが、これらの事情が存在することから、直ちに原告の本件店舗閉鎖に関する責任が全く否定されるとは解されない。
したがって、原告がした本件店舗の閉鎖は、本件土地譲渡契約一六条一項一号の規定する「自らの都合による店舗施設の運営停止」に該当するというべきである。
2 原告は、本件違約金規定による違約金支払義務が生じるためには、本件店舗の閉鎖が原告の責に帰すべき事由によるのみならず、新住法の趣旨に反し、社会通念上も非難に値する態様のものであることが必要である旨主張する。しかし、その根拠として主張する、本件土地譲渡契約における違約金が新住法には規定されていないものであること、及び民法上の買戻しに関する規定が代金の利息と不動産の果実である使用料相当額とを相殺したものとみなしており、この原則からすれば、買戻しに当たって代金の利息を返還せず、使用料相当額のみを徴収するのが買主に特別の負担を負わせるものであることは、それ自体はいずれも原告が主張するとおりであるとしても、本件土地譲渡契約における右に関する規定は、新住法及び民法で許容された範囲内のものであり、右規定があるからといって、本件違約金規定の適用の可否の解釈に当たり原告主張のような特別の制限を加えなければならないとする根拠にはならない。
3 次に、原告が、本件土地譲渡契約六条、七条一項及び二項に定める建物建築義務に違反したかどうかの点を検討するに、原告が本件土地に二階建の簡易な後方支援施設を建築したことは前記のとおりであり、甲第三八号証によれば、原告は、本件店舗を開店後、右建物を本件店舗の業務に関する事務所、会議室、倉庫等として使用していたことが認められる。しかし、新住法三一条は、「施行者から建築物を建築すべき宅地を譲り受けた者は、その譲受の日の翌日から起算して三年以内に、処分計画で定める規模及び用途の建築物を建築しなければならない。」と規定しているところ、乙第三、第四号証によれば、被告が本件土地の譲渡に当たって建設大臣に新住法に基づく認可を申請した際の処分計画書には、建築物の階層として「高層」と記載されていることが認められる。もっとも、乙第五号証によれば、本件土地譲渡契約六条は本件土地に建築すべき建物として単に「店舗施設の円滑な運営のために必要な配送センター等後方支援施設」とのみ規定しているが、右新住法の規定等からすると、原告が本件土地譲渡契約締結に当たって建築を予定していたのは、「高層」の建物であり、本件土地譲渡契約における後方支援施設の意義についても右を前提として解釈すべきである。本件土地に建てられた建物は、前記のとおり二階建であって「高層」とはいえないのみならず、乙第一六号証の一、二によれば、右建物は本件土地のごく一部を敷地とするものであり、本件土地の大部分は空地のままにされていたことが認められ、右建物は、前記認定のとおり、本件土地全体の引渡が遅れて開店時期が迫っていたため、とりあえず建築された簡易な建物であったことなどからすると、右建物は本件土地譲渡契約六条が予定した後方支援施設として適格なものとはいい難く、同施設に該当すると解することは困難というべきである。
したがって、原告は、本件土地を他の用途に使用する等、用途指定に積極的に違反したものではないにしても、本件土地譲渡契約七条二項の定める建物建築義務に関しては、その違反を認めざるを得ない(なお、同条一項は指定された用途以外の建築物の建築を禁止したものであって、原告がこれに違反したことを認めるに足りる証拠はない。)。
そうすると、原告には本件土地譲渡契約一六条一項一号及び二号に規定する買戻し事由があったというべきである。
二 本件土地譲渡契約の買戻し及び本件違約金規定の効力について
原告は、本件土地譲渡契約一六条一項一号の「自らの都合による店舗施設の運営停止」を買戻しの事由として定めた部分は、新住法三三条二項の制限に違反して被告の買戻権を認めるものであるから無効である旨主張するが、右規定は、本件譲渡契約六条の用途指定の違反に関して疑義が生じる場合を想定し、店舗自体の閉鎖など本件土地譲渡契約の目的を達成できない事態が確定的に生じた場合には、新住法の趣旨に則り、用途指定の違反に準じて買戻権行使を認める注意規定としての意義を有するものと解されるから、新住法三三条二項の規定する買戻事由の趣旨を逸脱するものとはいえず、同規定に違反する無効な規定と解することはできない。
また、原告は、本件違約金規定が著しく過大な負担を強いるものであるから、公序良俗に反し無効である旨主張するが、買主の責に帰すべき事由により契約条項に違反した場合に、土地使用料相当額のほかに譲渡代金の二〇パーセントの違約金を徴収する本件違約金規定が、直ちに公序良俗に違反するほど過酷なものとは解されないから、原告の右主張は採用できない。
三 信義則による違約金の減免について
既に述べたところによれば、原告には本件譲渡契約に定められた買戻しの事由に該当する行為があり、買戻しの場合に譲渡代金の二〇パーセントの違約金を徴収できるとする本件違約金規定が無効であるとも解されないが、右違約金は損害賠償の予定と解されるところ、前記認定の本件土地買戻しに至る経緯からすると、原告が本件店舗の閉鎖を余儀なくされ、これに伴って本件土地が買い戻されたことについては、被告が施行者として関与する多摩ニュータウン事業における計画居住人口が実際の居住人口と乖離し、特に本件店舗のある南大沢周辺地域における居住人口の伸び悩みが前記のとおり著しく、更に被告が五割以上を出資する開発センターによる西部地区センター開発事業において、当初予定された業務施設等の建設計画が大幅に見直されるなどしたことに原因の一端があることは明らかというべきであり、出店に当たり開発センターからこれらの計画等について説明を受け、それを信頼して出店をした原告が、予想を大幅に下回る売上によって経営難に陥ったことの責任を、単に経営判断の誤りとして全て原告に負わせることは酷に失するといわなければならない。また、前記後方支援施設に関する建築義務違反の点についても、原告がとりあえず簡易な建物を建築したことについて、被告側の事情による土地引渡の遅延が無関係とはいえず、右建物建築については被告の了解も得ていたのであり、その後、本件土地譲渡契約時に予定された高層の施設が建築されなかったのは、前記の事情によって原告が経営難に陥り、本件店舗における営業の継続自体が危ぶまれる状況になったからであると考えられる。さらに、原告は、本件店舗を閉鎖する方針を決定した後、被告及び開発センターとの間で四者協議会、三者協議会及びテナント開発会議による協議を重ね、後継のテナントの開拓に務めるなどもしている。これらの諸事情を考慮すると、本件においては、原告に約定どおりの違約金支払義務を負わせるべきではなく、当事者間の衡平を図るため、信義則により違約金を減額するのが相当であり、民法四二〇条一項後段の規定は、右のような場合にまで減額を許さない趣旨には解されない。
そして、右に述べた諸事情を勘案すると、減額すべき額は、本件違約金規定による違約金額である九億五三五二万七〇〇〇円の三割に当たる二億八六〇五万八一〇〇円と認めるのが相当である。
そうすると、被告は、原告に対し、本件土地の買戻しによる譲渡代金の返還として、右減額された違約金相当額である二億八六〇五万八一〇〇円を返還する義務があるというべきである。
第四 結論
よって、原告の請求は、右二億八六〇五万八一〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成九年二月一五日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六四条、六一条を、仮執行宣言及び同免脱宣言について同法二五九条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 寺尾洋)